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2009.08.01 (Sat)

B面の魅力

午前2時に不採用メールが来ていた。


椎名林檎の「眩暈」という曲が好きだ。この曲は3rdシングル「ここでキスして。」のB面の曲だ。本当に素晴らしい曲だと思うのだけれど、ただでさえ耳にする機会が少ないB面の曲なうえに、テレビではもちろん、ライブでも一度しか歌われていないそうだ。本当にいい曲なのにもったいないと思う。

シングルCDは多くの場合、A面であるタイトル曲以外にもう一曲収録されている。このもう一曲をB面という。今はレコードの時代ではないから、A面もB面もないのでカップリング曲というのが正しいと思うけれど、私はレコード世代の親の影響でいまだにB面の曲と言ってしまう。

そして、このB面の曲はなかなか聞く機会がないと思う。
特に最近はCDを買う人が減ってきているし、iTunes Storeなどでは一曲単位で売られているから、よっぽどその歌手が好きな人以外はA面の曲しか買わないだろう。また、歌手がテレビで歌う場合も大抵はA面の曲しか歌わない。先に書いた椎名林檎の3rdシングルの場合なら「ここでキスして。」しかテレビでは歌われず、CDを買わない人はB面の曲「眩暈」の存在すら知るよしがないのだ。またアルバムもA面の曲は収録されるが、B面の曲は収録されないことがほとんど。とにかくB面の曲を聴く機会はほとんどないわけだ。

しかし、そのあまり聴かれないB面の曲が素晴らしいということは多々ある。
先述の椎名林檎の「眩暈」しかり、元ちとせの1rdシングル「ワダツミの木」のB面の曲「幻の月」しかり。A面の曲ももちろん素晴らしいが、むしろ私はB面の曲の方が好きだったりする。

また、まず耳にするA面の曲が自分の好みでなくても、あまり聴く機会がないB面の曲は素晴らしいという可能性も十分に考えられる。A面の曲に興味がなかったばかりに、素晴らしいB面の曲に出会えない可能性があるわけだ。もしかすると、そのB面の曲が自分の人生を変えてしまう運命の一曲かもしれない。そんな曲に出会えないのはもったいない。だから、たとえA面の曲がダメでもB面の曲を一応聴いておいて損はないと思うわけだ。

何が言いたいかと申しますと、企業の採用担当の方もまず目にする履歴書(A面)だけでなく、とりあえず面接(B面)をしていただきたいということです。最近、書類(A面)だけで落ちてしまい、面接(B面)にすら呼ばれないので。お願いいたします。仕事をください。

22:09  |  日常  |  トラックバック(2)  |  コメント(1)

2009.07.26 (Sun)

父からの贈り物

就職実現党でも作ろうかしら。


無職の私は、いま働いていた時の貯金で生活している。
毎月、預金通帳と相談して「まだ生活できる」とホッとしているわけだ。

といっても、お金の心配は常にある。

だから、先日、父親に思い切って「お金を送って」とお願いした。ちょうど8月3日が私の誕生日なので「誕生日プレゼントとして」と懇願したわけだ。

数日後、父から荷物が届いた。

090726_1.jpg

090726_2.jpg

目覚まし時計だ。銃で的を当ててベルを止める変り種の。
遊んでみたのだけれど、かなり面白い。これだと確実に起きることができると思う。

090726_3.jpg

ただ、違うのだ。
目覚まし時計は今の私には世界で一番必要ないものなのだ。だって朝キチンと起きてもやることないんだもの。お金を下さいとお願いしたと思ったんだけどな…。いや、本当に面白い目覚まし時計だし、子供のように遊んだけれど、そのなんというか…違うのだ。

「お金を送って」とお願いしたら目覚まし時計が届くということは、「目覚まし時計を送って」とお願いしたらお金が届くのかと考えてみたりもした。

きっと、「お金はやらん」という父のメッセージだと思うので、頑張って仕事を探そうと思う。


それと、いままで「山野恵亮」という名前で原稿を書いたりしていましたが、今後は本名の「地主恵亮(じぬしけいすけ)」で書くことにしました。ほんとどうでもいいことですが。

一見、地主というの本名な感じがしませんが本名です。

090726_4.jpg

「地主」って苗字が逆に本名っぽくなくて「山野」という名前でやっていたのですが、いろいろと面倒になってきたので、本名にしたわけです。

ちなみに苗字は「地主」ですが、実家は借家です。しかも、転勤族です。いまの実家は佐賀にありますが、一度も行ったことがありません。

いつか本当の「地主」になれるように頑張って仕事を探そうと思います。


09:41  |  自己紹介  |  トラックバック(0)  |  コメント(1)

2009.06.24 (Wed)

駄目な解釈

更新が滞っていますが相変わらず無職。


チベット仏教という宗教がある。名前の通りチベットで信仰され、「ラマ教」といったりもする。宗派がいくつかあるみたいだが、基本的にチベット仏教は「来世」の幸せを祈る。

いつだったか(かなり前だ)、チベットに住む家族のドキュメンタリーを見た。彼らはチベット仏教を信仰していて、家族でチベット仏教の聖地的な場所を巡礼していた。テントで生活しながら巡礼していたが、とてもキツそうだったのを覚えている。3人家族で子供は女の子でまだ5、6歳だったと思う。そして、彼らはその巡礼でもちろん「来世」の幸せを祈っていた。

これを見た時、チベット仏教を理解できなかった。なぜ来世を祈るのか、と。
今日の、明日の幸せを祈ることは分かるし、現世の幸せを祈るのは分かる。私も神社に行くと、15円を賽銭箱に入れ「酒池肉林の生活がしたい」と祈る。もちろん現世でだ。
でも、チベット仏教は違う。現世ではなく「来世」の酒池肉林の生活を祈るわけだ。

これが私には理解できなかった。

それからしばらくたって、川端康成の「掌の小説」を読んだ。この小説は短編集で、122編もの物語が収録されている。私の好きな小説のベスト5に入る一冊だ。

そして、この小説の中に「雀の媒酌」という物語がある。
内容は、ある娘との結婚に悩む主人公の男がいて、縁先の泉水に、その娘以外に結婚相手がいるならその顔を見せてくれ、と頼む。すると、泉水に来世の結婚相手である雀の顔が写る。
それを見た主人公は、「来世の運命を見た者が、現世で迷うまでもない」と言い、その娘と結婚することを決める。

これを読んだとき、長らく理解できなかったチベット仏教の来世を祈るということを理解した。彼らは、もっと長い目で、とても長い目で人生を見ているのだ。もし僕が10年後幸せだと分かると、今がどんなにキツくても耐えることができる。それを同じことなのだ。僕の10年後が彼らにとっては、来世なのだと理解した。

そして、いま無職な私もこの考えを見習おうと思う。10年後の幸せではなく来世の幸せを祈ろうと思う。

そう、私の現世はもうだめなのだ。来世にかけるのだ。来世では職にあぶれないことを祈るのだ。来世こそはと。来世こそは幸せになりますようにと。現世はあきらめて。

チベット仏教もノーベル賞作家の川端康成もみんなそう言っているのだ。現世はあきらめろと。来世にかけろと。

と屈折した解釈をしましたがうそです。
私が現世をあきらめません。現世でも仕事がしたい。
そして、10年後、休日の夕方、近所のスーパーで僕がカートを押して、嫁が僕の右隣の僕より一歩前を歩き「今日、何が食べた?」と聞く、幸せを手に入れたいと思っています。

ということで、がんばります。

00:36  |  日常  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)

2009.05.21 (Thu)

アホウドリをあきらめて

結局は、仕事を探すしかない。


私は小さい時から音痴だった。
私の歌を聴いた母はよく「お経みたい」と言い「宗教でも始めたら。あんたの歌がお経でね」と続けた。ちなみにその当時私は小学生だった。
とにかく音痴で全部お経のようにしか聞こえなかったらしいが、教祖になれという発想はいま考えると、小学生相手にどうかと思う。
そして、「“アホウドリ教”って名前はどう?」と母は提案する。私は「いい名前〜」と喜ぶ。

ウチでは私が歌えば、「アホウドリ教」の話が出るのはお決まりだった。

そんなことを最近ふと思い出した。
そして、“アホウドリ教”はいいアイデアのような気がしてきた。私がアホウドリ教の教祖となるのだ。そして、お布施で食っていく。
いま、私は無職だからこのアイデアはいいと思う。職業が教祖となるわけだ。これで、無職脱出となる。

毎日教祖である私が気が向いた時間にお経として、SMAPを歌ったりする。信者は手拍子し、私は「青いイナズ……ゲッチュ!」と歌う。「ゲッチュ!」の部分だけは信者も一緒に歌う。

それがアホウドリ教のすべてだ。
アホウドリ教の本山は「ビッグエコー溝の口店」。地方の信者の方は、私の歌(お経)が入ったmp3ファイルを配布するので、iPodに入れて聴いてもらう。

まず、親を勧誘しようと思う。
ウチは別に特別な宗教をやっているわけではないので、アホウドリ教に入信してもらい、お布施をもらう算段だ。息子が教祖なら入信するはずだ。
取り急ぎ3万円ほどお布施をいただきたい。

でも、親からお布施をもらうのは、結局はすねをかじるのと変わらない。

では、弟や弟の彼女を勧誘するのはどうだろうか。弟は貯めこんでいるという噂だ。弟を最初に入信させ、次に弟の彼女に「弟は信者になったけど、君は?」という義理の兄の嫌なパワーを発揮して入信してもらう。
そして、取り急ぎ2万円ずづお布施をいただきたい。

でも、こんなことをやっていたら結婚式とか呼んでもらえなくなりそうだから無理だ。

以上の3人しか勧誘できる人が思い当たらない。

ということは、アホウドリ教はあきらめて、普通の仕事を探すしかない。無職脱出を目指してがんばろうと思う。

19:23  |  日常  |  トラックバック(0)  |  コメント(0)

2009.05.17 (Sun)

佐賀を走る人、競馬場を走る人

お願いです。


先月、東京から佐賀に引っ越した父が車を買ったそうだ。

東京に住んでいると車をあまり必要としない気がする。それは、東京をはじめ大都市は、十分な鉄道網を有するし、数分おきに電車がやってくるからだ。車がなくても不自由なく移動できるわけだ。また、駐車場代も高い。

一方、地方では車は必需品だ。昔、私が住んでいたところの電車は、一時間に3本とかだった。しかも、終電も異常に早い。だから車は必要だ。

とはいっても、父が買った車は、諸経費込みで160万円だそうだ。高い。
無職の私からすると喉から完全に手が出きってしまうくらい欲しい金額だ。私が一年暮らしてもおつりが来る金額だ。

それを一括で払ったそうだから、父をさらに尊敬することになった。

さて、父はHonda FITで佐賀の大地を走るわけだが、先日、私は自分の足で競馬場を走ってきた。

dpz01.jpg

ということで、
デイリーポータルZ」で「競馬場を走る方法」という記事を書かせていただきました。
いつでも誰でも走れる競馬場を求めて、東京をうろうろしています。
今後もがんばりますので、温かい目で最後まで読んでいただけるとうれしいです。
よろしくお願いいたします。

競馬場を走る方法
http://portal.nifty.com/2009/05/16/c/


23:20  |  自己紹介  |  トラックバック(0)  |  コメント(2)
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